2018年7月5日木曜日

07_帝国主義の終焉

突き詰めれば我々はみな、この小さな惑星で暮らし、同じ空気を吸って生き、子の幸せを願う、限りある命なのです。  J・F・ケネディ

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「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」ヒストリーチャンネルより

ヘンリー・ウォレスは、アメリカが経済的軍事的に優位に立っていたころ、ソ連に対して厳しい姿勢でのぞむことに大きな疑念を抱いていました。ウォレスは覇権をめぐる争いに、勝利者はいないことを理解していたからです。シリーズを締めくくるにあたって、私たちは自らに問いかけなければなりません。

アメリカは世界の人々と、賢明で人間的な関係を築いてきただろうかと。世界では最も豊かな少数の人々が、貧しい30億人よりも多くの富を握っています。アメリカは世界の警察官であるべきなのか?正義や融和、平和を守る力になっていたのか?私たちは自らを愛するあまり、独善的になっていたかもしれません。

本当の目的は、ソ連に対するけん制だった日本への原爆投下、その正当化はアメリカの優越性と安全保障神話の土台となっています。勝つために必要とあらば、手段は選ばなくてもいいと原爆は教え、その結果勝利し、勝利した故に正しいとされ、正しいが故に善と見なしました。そこにはアメリカの独りよがりな道徳観しか存在しません。

マデレーン・オルブライトは国務長官時代、必要ならば武力を使う、私たちはアメリカなのだからと言いました。爆弾で人類に脅威を与えてきた私たちは、過ちを犯しても許される。その残忍さも、悪意のない行為として正当化されるというのです。

しかし、帝国の支配は永遠には続きません。第二次大戦という歴史の大きな区切りの前後に、イギリス、フランス、ドイツ、日本、そしてソビエトが崩壊しました。20世紀の初めには、ロシア、オーストリア=ハンガリー、オスマントルコの帝国が消滅しています。アメリカの支配もいずれ終焉を迎えるでしょう

私たちは賢明にも植民地帝国になる道を避けてきました。だからこそ、アメリカは特別であるという例外主義の神話に、執拗にしがみついてきたのでしょう。そしてその都合のいい思い込みから、アメリカの罪は許され、アメリカの理想はかなうという期待も生まれてきたのかもしれません。

その理想が現実のものになろうとしたときもありました。1944年ウォレスが大統領になるかと思われたとき、1953年にスターリンが死に、アメリカに新しい大統領が誕生したとき、63年にケネディとフルシチョフが89年にブッシュとゴルバチョフが会談したとき、そして2008年にオバマが登場したとき、時として歴史の流れが代わる瞬間に遭遇することがあります。その瞬間が来たとき、私たちの心の準備はできているでしょうか?私はルーズベルトが人生の最後にチャーチルに伝えた言葉を思い出します。

「私はソ連との軋轢を過小評価したい。こうした問題は何かにつけ生じるだろうし、そのほとんどは解決できるものだからだ」。

過剰反応せずに事態を見守り、敵対国の目を通して世界を見る。こうした姿勢は、他国への共感と思いやりから生まれます。

これからの時代を生きていくには地球全体の意思を尊重し、核戦争の危機や環境破壊と戦わなければなりません。私たちは例外主義や放漫さを捨て、<他国よりアメリカにご加護を>と祈るのをやめられるでしょうか?

強硬派や国家主義者のやり方が通用しないことは、もはや明らかです法を順守しアメリカ建国に立ちかえり、意見の違いを超えて大切なものを守るのです。古代ギリシャの歴史家ヘロドトスはこう記しました。

「歴史は人間が成し遂げたことが、忘れられないよう願って書かれた」。

人間の歴史には戦争や死の記録だけでなく、誇りや成功、優しさ、思い出、そして文明が刻まれているのです。過去を振り返ることから未来への道は開けます。そして赤ん坊のように一歩ずつ、さらなる高みへと昇っていくのです

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