2018年3月29日木曜日

01_永遠の少年

聖地巡礼はアニメの見方の一つだと思うんですよね。アニメってのは虚構っていうふうに思われてますよね。実際問題、本当に虚構なんですけれども、虚構であることを分かったうえで、どのぐらい作りこまれているか、どういうふうに緻密に作られているかということを、そこを楽しむ見方っていうのは、結構アニメの中にはあると思うんですね。⇨ 2012/3/7クローズアップ現代「アニメを旅する若者たち “聖地巡礼”の舞台裏」

 彼は神話的世界に住んでいる。この世界で人間・動物・鉄道・家・山・川は一部が恵み深い神に、また一部は悪意をもった悪霊に見えるが、彼は自分がそのように見ていることを自覚していない。そして神話的世界に影響を受けているということを意識しないまま、このような驚異に対処するように判断し行動している
⇨ ユング「タイプ論・内向的感覚型」

タイプ9の精神世界は、努力のいらない調和という体験そのものである。彼らの自己感覚は、相手と結びついていることから来る。彼らは、この周囲との「調和」を可能な限り守っていたい。人生をそのまま受け入れるという定位が、タイプ9に深い満足を与えるため、そのことを問題視することを極力避けようとする。

彼らの人生観が、自由で開放的、そして真の意味で楽天的であれば、非難するべきではない。しかし人生は楽しくはあるが、対処しなければならない困難も多いことを認めようとしないならば、彼らは非難されなければならない

タイヤの空気が抜けているときに、直すことを拒否する態度は、彼らの問題点を象徴している。彼らは自分の静穏 が乱されないように、都合の悪いことは、どんなことでも無視しようとする

自由と平和を守るためには、個人的対価を払う必要がある。問題に対処することを拒否しても、その問題がなくなるわけではない。さらに、タイプ9が得た平和は、必然的に他の人を犠牲にしたものであり、最終的には、現実と関わる自分の能力を犠牲にしてのものである。世の中の善意をすべてもらっても、タイプ9は、対処したくないものには目をつぶっているために、流れるままに進む間に、他の人たちに恐ろしい損害を与えることになる。

タイプ9は、<関係の三つ組 >の根源的なタイプで、個人として世界と関わる能力と、最も関りを持たないタイプである。タイプ9は、他と一体感を持つことにより世界と関わる。結果、きわめて健全でない限り、個人としての自己認識を発達させないし、自分の周囲にある世界に対する明確な認識さえも発達させない

彼らは、人であれ理想化された物であれ、他に自らを従属させることによって自己感覚を保つため、自立した人間になるという「危険」は冒さない。相手と結びついていると感じることにより、タイプ9は安定感を得るからである。したがって、彼らは、
➡ 他の誰かと一体視することによって、自己感覚を誤り、個人として世界と関われない。➡ 同様の理由で、潜在能力を発達させない。という二重の負債を抱えることになる。

最も健全なタイプ9は、自分が望むものを、積極的に選択し独立した個人になるが、通常のタイプ9は、人生に対し生涯、受け身のままである。自立しなければ、他の人々や社会に貢献できないし、愛することもできないということを、彼らは理解しようとしない。彼らにとって価値のあることは、個人的成長、個性、自立でなく、➡ 表立たないこと、➡ 平和、順応だからである
ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社より



0 件のコメント:

コメントを投稿