2018年3月25日日曜日

02_不安・依存とコントロール

天地は公平無私だ。万物を同様に慈しむ。万物をわら犬 のように見、愛しもせず、憎しみもしない。
監修・野末陳平:作画・蔡志忠「マンガ 老荘の思想」講談社より
天地の間は、まるで「ふいご」のようである。その中は空虚だが、それ故に万物を変え、変化させる。作為は施せば施すほど、かえって過ちや、失敗を招く。

不安 ⇆ コントロール

不安と操作のリンカーン・ロッグが示すものは、不安を捨てない限りコントロールへの欲求を断念することは出来ない、ということ。また他人や社会を操作することを止めない限り、不安は解消されないともいえる。この二つは固く結びついているので、私たちは不安な時には、必ず状況をコントロールしようとする。コントロールは幻想にすぎないので、当然失敗するが、そのことにより私たちはさらに不安になるという悪循環を繰り返すことになる。

依存 ⇆ コントロール

依存とコントロールもまたリンカーン・ロッグを形成している。状況操作への欲求を捨てない限り、人間は自立できないが、他の誰かや外部の何かに依存している間は、状況操作への欲求を断つことは出来ない。助け合いではなく、依存している時、人は生存に必要な内的自己を持たないがゆえに、何かを操作しなければならないように感じるのである。この場合、他者や状況、物事を操ることが、必要なものを手にする唯一の手段となる。

自己中心性 ⇆ 自己喪失

自己中心的な時は、自分自身からも完全に離れています」。➡ A・W・シェフ

自己中心性の特徴の一つは、自己と他者との境界が欠けているということ。➡ このような人にとって、すべては私であり、すべては自分にとって、ためになるかならないかの二元論で振り分けられる。同時にこの人は、<自分が存在していない>のではないか、<これは現実ではない>のではないかという、不確実感にさいなまれていて、自己中心性は、このような感情に対抗しようとする試みでもある。

自己中心性とは自意識過剰なのではなく、自己喪失である。自分自身の境界を持たず、他者との境界を認めることができなければ、真の自己を自覚することは出来ず、自己実現はあり得ない。そのため、自己を有するためには、自己中心性と自己喪失の双方を捨てなければならない。

アン・ウィルソン・シェフ「嗜癖する社会、1993年、誠信書房」より

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