2018年2月14日水曜日

03_内なる抵抗勢力

みじめな人生だとしても、そこから逃げ出そうとする人は少ない。みじめな人生を、見ないふりして生きる方が楽だから」。
⇨ パトリック・ジェーン「メンタリスト」

ジョン・A・サンフォード「見えざる異性」創元社より
影の投影
男性の中に女性的要素、女性の中に男性的要素のあることがくり返し主張され続けてきたにもかかわらず、人々が気づかないのは、私たちが自分を知ることについて不得手だということを示しています。

不得手どころか私たちは、自分自身について初歩的なことを知ることさえ断固として拒否します

これまで長いこと抱いてきた自分のイメージを捨てて真実に直面するのは、激しい苦痛や混乱を招き、

自分自身を知ることが、そこから抜け出せる唯一の方法であると理解できた人だけが、渋々ながらそうするにすぎないのです。

しかし、その時が来ても私たちは、己を知るという苦行よりも、無意味な人生を送ることの方を選択しがちです

自分自身の中には、他人を理解するより困難な部分があり、その問題のひとつは「影」の人格と呼ばれるものです。これは、私たちが望まず、それゆえ開発してこなかった自分の性格の一部であり、意識化することを拒んできた部分です。聖パウロは、自分の影に苦悩し次のような言葉を残しています。

「私は自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている」。

アニマ・アニムスの投影
「影」以上に認識のフィルターをすり抜けてしまう無意識の存在がアニマとアニムスです。ユングはかつて影の統合を「徒弟仕事」、アニマ・アニムスの統合を「親方仕事」と呼んでいました。

なぜなら私たちはアニマ・アニムスを外に投影してしまうからです。投影とは、人格の中枢部分が、活性化するときに起こる心的なメカニズムです。

何ものかを投影するとき、主観的にはそれは自分でないもの、他人のもの、客体として眺めることになります。投影は無意識に起こるので、自分がそうしているのだという自覚がありません。無意識的な内容だけが投影されるのであり、意識された瞬間に投影は終了するのです。
(神話に登場する神々や女神は、男性性の元型、女性性の元型の様々な側面を投影し、擬人化したものだと解釈できます)

現実社会では、男性は女性にアニマを投影し、女性は男性にアニムスを投影します。しかし、このことは途方もなく厄介な問題を生じさせる原因にもなっているのです

私たちの内部に生きているこれらの現実は、驚くほど強力であるばかりでなく、しばしば厄介なものだからです。

中世の頃、男性はアニマを発見すると、その投影された女性を告発し、判事は彼女を魔女として焚殺した。また逆に、女性がアニムスを発見すると、その投影された男性は恐らく、聖職者になるか、救済者になるか、呪術師になる以外にはなかった。今日、分析的な過程を経て、これまでは外側に投影されていたアニマ・アニムスが心理的機能として認められた」。⇨ カール・グスタフ・ユング

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