2018年1月5日金曜日

29、忠臣と伝統主義者

ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社より

任務を負った忠臣
誰かを引きつける行為は、その試みが拒否されるという可能性と、望んだ人間関係が失敗するかもしれない可能性を含んでいる。彼らは、安全を他人の善意と支持に求めるために、健全なタイプ6であっても、何らかの不安を常に感じている。その結果、健全なタイプ6であっても、永続的な同盟関係をつくり、それを維持することに望んでいる。そのため、彼らは他人に身を委ね、自らが忠実で頼りになる人物になることを望む。

健全なタイプ6は、特別な絆を結ぶ人たちに自分を預け、同様に他人にも、同じやり方で答えてもらいたがる。彼らにとって、何らかの一家の一員であることが非常に重要なのである。その「家族」はタイプ6が求める感情面の支えであり、安定の象徴である。

タイプ6はたとえ望んだとしても、感情の絆を断ち切ることは不可能であり、愛が憎しみに変わることがあっても、無関心に変わることはない。個人であれ、スポーツチームであれ、国家、宗教であれ、その結びつきから完全に自由になることはない。彼らの委任は非常に長続きするが、それは一過性の浅薄な選択ではなく、彼らの重要な部分からなる「深い一体感」だからである。

健全なタイプ6は、きわめて忠実であることによって委任を表明し、人間関係を守り抜くことをためらわない。人々は善悪に関わりなく、彼が味方になってくれることを当てにできる。健全なタイプ6は、「行動に関する問題」はまったく見られない勤勉家であり、愛すべき人物なので、知性に恵まれた場合は、しばしば出世する。健全なタイプ6の長所は、成功志向の今日では流行らないが、委任、忍耐、共同社会に対する誠実、忠誠心、家族、宗教、友人、福祉は自明のことであり、何の弁明も必要としない

従順な伝統主義者
通常のタイプ6は、ひとたび何かに身を委ねると、自分で責任をとることを恐れ始める。 彼らは集団の基準に従うことで安全を感じたいと思い、重要な行動の前に、他人の承認、特に権威の承認を得たいと思う。通常のタイプ6は自立していないし、そうしたいとも思わない。彼らは、その権威が何であれ(人間であることが多い)、権威によって設定される境界線を欲しがる

通常のタイプ6は、何をすべきか命令されると気分が楽で、ほかのどのタイプよりも、人生のあらゆる重要な分野において、彼らに指示を与え、包み込む権威に 従順であることにより安心感を得ようとする

彼らは権威に疑問を持つことはない。権威を疑うことは、責任を引き受け、自らに不安を課すやり方だからである。彼らは自立した生き方を、むしろ避けようとする

健全なタイプ6と異なり、通常のタイプ6は従う人である。彼らは資料とか、規則・法令、何らかの「聖典」のなかに前例と答えを探す。この段階のタイプ6は、「命令に従っただけだ」「質問はしない。言われたことをやるだけ」というように、規則を解釈する社会の権威に支配され、規則であれば、その規則が何を命令しようと、規則に従いさえすれば、誰も批判しないし、罰せられることもないと考えたがる

彼らは決定の責任を誰かに頼るので、自分自身の成熟を危険にさらすが、彼らの観点からいえば、彼らの信奉する「命令書」は、権威によって長い年月をかけて試された伝統的価値を備えているので、何かをする前に「許可」をとることや、煩雑な「手続き」に従うことに苦痛を感じない。彼らにとって、法律や機関を味方にすることは、非常に都合の良いことなのである。

したがって、通常のタイプ6は、伝統主義者、組織人、チームプレーヤーであり、ほとんどの団体や官僚組織を構成する、集団の大黒柱であることで満足する。タイプ6は、権威によって押しつぶされるのではなく、強化されると感じる。彼らは、ある集団の一員なので、孤独ではなく、より安全だと感じる。政党、労働組合、宗教の入信、友愛会、クラブ、大会社は、構成する個人の力をはるかにしのぎ、個人では到達できない多くのことを達成するからである。

これらのことは通常のタイプ6を感情面で満足させるが、重大な欠点が二つある。第一に、

盲目的な服従は、個人にとっても組織にとっても、大きな利益をもたらさないということ。第二に、集団との一体感は、

すべての人が「彼ら」と「我々」の集団とに隔てられる、視野の狭い見方を助長するからである

偏狭さは、人びとの間に不必要な区別と差別を生み出す。タイプ6は周りの人が自分と同じように、真剣に規則や権威の象徴に従わなければ気分が悪い。人々が、自分たちと同じくらい従順、あるいは忠実でないと、彼らは怒ると同時に、感情的に脅かされる





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