2017年12月3日日曜日

11、内向型の影

C・G・ユング著「タイプ論」みすず書房より

無意識は何よりも先に客体との関係を取り戻そうとして、権力妄想や優越幻想を徹底的に打ち砕く。客体は過小評価されるほど、恐怖をもたらすほど大きな存在になり、自我はそれを支配しようとして激しく急き立てられ、最終的には不合理な儀式体系を自分の周りに張り巡らせ、せめて優越妄想だけでも守り抜こうとする

そのようにすることで内向型の人は客体とまったく隔絶し、一方で防御柵を巡らし、もう一方では客体を支配するという不毛な努力に神経をすり減らしてしまう。しかもこのような骨折りは、客体の圧倒的な影響力の前にかならず挫折する。客体はどこまでも彼を追いかけるので、終わりのない不快極まりない激情が誘発される。彼は自分を保つために、ぞっとするような内的作業を絶えず必要としている

したがって、内向型の人に典型的な神経症形態は神経衰弱であり、この疾患は一方で神経過敏、他方で疲れやすさや慢性疲労という特徴を持つ。個人的無意識を分析すれば大量の権力妄想が、強力な客体に対する不安と対の形で現れるが、現実においても内向型の人はごく簡単に客体の犠牲になってしまう。

すなわち一種独特の「気後れ」が先に立ち、自分の意見を主張するのが困難になるのである。これは客体の影響力が強化されることへの恐怖に由来する。彼は他人の強い反応を恐れ、他人の影響下へ入ってしまうという不安を打ち消すことが出来ない

彼から見ると客体は、怖れを抱かせるような、威力に満ちた性質を備えているが、意識の方はそれを認めようとしない。そのため彼は無意識を通して知覚することになる。客体に対するとき彼の意識は抑圧されているので、客体との関係は無意識によって結ばれ、それらの性質は何よりもまず幼児的・太古的である。そうなると、

客体はまるで魔術のような力を備えているように感じられる。なじみのない新奇の客体は未知の危険を秘めているように思え、なじみのある客体の方は見えない糸で魂に繋がれているように感じる。変化は全て、それほど危険なものでなくても嫌われる。変化は合理的な理由からというよりも、呪術的な理由で活性化した状態のように思えるからである。理想となるのは、動くように許可したものだけが動くような孤島である

こうして、周りの偏見のせいだけではなく自分自身の性向のために、自分の自我と自己を混同し、自我を心的過程の中心に祭り上げてしまう。そのようにして、意識は<病的な主体化>に陥り、客体と隔絶する。客体との断絶は、まさに内向型の人にありがちな特徴である。

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