2017年11月11日土曜日

9、関税か所得税か

「JAPAN繁栄への回帰」JAPAN THE RETURN TO PROSPERITY
ラビ・バトラ著、青柳孝直+山田智彦訳、総合法令、1996年より

自由貿易は、政府が「かすみを食って生きる」ことを前提とする。しかし多くの政府は、過去においては輸入品の一部に関税をかけることによって歳入の一部を賄ってきた。

アメリカを例に挙げれば、1913年の関税による歳入は、税収全体の60%にのぼっていた。その当時自由貿易推進派は、これらの関税を撤廃するか減税しようとし、税収を補うために所得税が採用されるべきであると主張した。

そしてその所得税も最大で税収全体の7%としたのである。1913年に自由貿易が採用された当初、所得税は7%に設定された。しかし1919年までに所得税は66%までに達することになる。

このように、自由貿易肯定論では「妥当な所得税のレベル」を考えることは不可能なのである

 自由貿易が採用されれば関税が撤廃され、価格が下落し、たしかに消費者は喜ぶだろう。ただし、あくまでこれは政府が「かすみを食って生られれば」の話であり、結局は所得税が上昇するだけの話ではないかと思われる。

そこで、関税をかけるに際して二つの論拠があげられる。

一つ目は、関税は安い輸入品から自国内の付加価値の高い産業を守るために採用されるべきであるという点。

そして二つ目は、関税を消費税や所得税などの他の税の代わりに導入できるならば、という点である。

この考えは、その国が国際競争の中でじゅうぶん生き残っていけるよう、すべての産業のために関税がかけられるべきだということを示している

輸入の損得勘定
日本では土地の絶対量が足りないので、牛の飼育コストは高くなり、アメリカから輸入したほうが安い。たしかに日本の酪農家には打撃を与えるが、消費者にとっては朗報であると自由貿易論者は主張する

しかし現実にはそうならない。 たとえば、1キロの牛肉を200円で輸入して50%の関税をかけたとすれば、日本国内での消費者価格は300円となる。

そしてその関税が続けられれば、日本の酪農家は高い飼育コストのなかでも酪農を続けられ、一方、政府は1キロの牛肉を輸入するたびに100円の税収を得ることになる

では、この100円の関税が撤廃されるとしよう。牛肉は200円となり消費者にとっては喜ばしいことに見えるが、結局この100円分の税収減は、政府が何らかの税金で徴収することになる

牛肉にかかる関税を撤廃すると、政府は他の税金で減税分を補てんせざるを得ず、結局は消費者が納税という形で穴埋めすることになる

さらに、価格競争という低レベルの競争で国内の酪農を弱体化させることにもなる

関税は、次のような効果を生むような形で使われるべきであるとプラウトは主張する。その国の経済が多様性を持つことになることがひとつ。そして、

歴史的にも感情的にも、その国が自らの価値を尊重できるように、全ての国の産業が守られるように

( `ー´)ノ政府が環境を汚染する企業に課税すると、外国の会社と激しい競争をしているこれらの企業は、世界の市場で競争力を失うことになる。そして環境汚染税は、外国の製造会社の競争力をそれに対応するコストの分だけ高めることになる。

( `ー´)ノこうしたリスクがあるので、どの国の政府も環境汚染企業に重税を課すのをためらっている。こうして、国際貿易は健全な環境政策を疎外する大きな原因になっているのだ。

( `ー´)ノ世界最大のエネルギー消費国であり、最大の環境汚染国であるアメリカには、環境を浄化する特別な責任がある。だが、平均関税率を40パーセントに引き上げるだけで、この責任をまっとうすることができるのである。これによって、*産業内貿易はほとんど排除されるだろう。そのためにエネルギーの輸入量が減り、エネルギーの価格も下落する。そして、いずれは環境汚染も少なくなることだろう。
➡ ラビ・バトラ

*近年の先進諸国間の貿易は,産業内貿易,すなわち水平的国際分業が主流となっている。これは,製品が標準品ではなく,消費者の好みの多様化に応じた差別化されたものが多くなっているからである。日本の場合も 1985年の円高以降製品輸入が急増し,産業内貿易が盛んになってきている。企業活動のグローバリゼーション、製品の差別化が進むにつれて今後もこの傾向は続くものと考えられる。(コトバンク・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より)

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