2017年10月8日日曜日

1、進化論という主義

ダーウィンの進化論は、歴史上、繰り返し繰り返し、政治的、経済的イデオロギーや利益の追求に利用されてきた。➡ ジェレミー・リフキン

産業化社会と社会的進化論
ダーウィンは、自分の姿を自然という鏡に映して見ている一人のブルジョアにすぎない。➡ オットー・ランク(精神分析医)

19世紀前半、自然淘汰論に賛成する人々は、ほとんどがイギリス人だった。それはなぜなのか。科学に国境がないのなら、これはいささか妙な話ではないか
➡ ジョン・C・グリーン(「聖書と投票箱」1988年 等、宗教と政治に関して多くの著述がある)

 進化論は資本主義の台頭期、その最も強烈な国に生まれた。進化論の誕生と産業資本主義の勃興は偶然の一致とは思えない。当時のイギリスの政治と経済の状況は「最も競争に強いものが生き残る」というものであり、ダーウィンの進化論には、当時の社会的状況が色濃く反映されている

産業革命がもたらした自然観
産業革命により、イギリス人の生活は急激に変化した。無線技術の発達により何百マイルも離れた場所から、一瞬にしてメッセージを受け取ったり、当時としては想像もできない速さで軌道上を疾走する機関車を見、人々が、

 「人間は史上初めて完全に自然を支配下に置いたのだ」。と考えたのも無理からぬことであった。まさに機械の時代であった。どこもかしこも話題はもっぱら機械の発明であり、当時の人々は完全にそれに夢中になっていた。これらの機械が、その時代の物質面を象徴するとすれば、

 その時代のもう一面を象徴するのは、生存競争である。誰もが新しい社会の利益にあやかりたいと、日夜戦い続けている時代であった

ダーウィンは、機械化時代に機械的な生物社会の概念を確立したのである。人間社会の闘いを、動植物の闘いに置き換えて見せた。私有財産相続制の社会において、生き残るためにいちばん大切なものは、占有と遺伝であると述べた
➡ ジョフリー・ウェスト 「ダーウィン伝」


ダーウィンは自然の中に、英国社会とイギリス人の欲望と自由競争の原理を見出そうとした。当時の社会の中にアイデアを求めて、それを自然に当てはめた。そして、進化論は、当時の過酷な生存競争社会に酷似した自然観として受け入れられた
➡ ジェレミー・リフキン「エントロピーの法則Ⅱ」<21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観>祥伝社より




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