2017年10月22日日曜日

6、「影」との戦い

そうして、災いを、そう、そなたを使って、災いを働こうともくろんでおる。そなたはそのものを呼び出す力を持っていた。そのために、そのものも、また、そなたの上に力を及ぼすことが可能になったのだ。そなたとそのものは、もはや離れられはせぬ。それは、そなたの投げる、そなた自身の無知と傲慢の影なのだ。影に名前があったかな? ➡  アーシュラ・K・ル=グウィン「ゲド戦記・影との闘い」

  ケン・ウィルバー「無境界」平河出版社より 
影の投影は現実のリアリティを歪めるのみでなく、自己感覚をも大きく変えてしまう

自分の敵意を他人に投影すると、人が自分に敵意を抱いていると思い込み、人に対して拭い去ることのできない恐怖感を抱き始める

自分の「影」を他人のなかにのみ見てしまうと、自分の心の中には「恐怖」という神経症的な症状だけが残るのである

自分の影を人に渡すことは出来ないし、影を投影しても影から自由になれるわけではない。

自分自身のある側面を自覚していないことを知らせる嫌な「症状」が残るのみである。そして、

かつて影を嫌った勢いと同じ勢いでその症状を嫌い、影を自分自身から遠ざけたように、自分の症状<震え、落ち込み、不安、倦怠、恐怖>を他人から隠そうとするのである。

個々の症状<震え、落ち込み、不安、倦怠、恐怖>には、投影された情動、特性、特徴のような影の側面が含まれている。

重要なのは、いかに不快であってもそれに抵抗したり、さげすんだり、避けようとしてはならないということである。

なぜならそこには、影の正体を知るための鍵が隠されているからだ。症状を解消するためには影を知り、影を克服しなければならない。影こそが最初にその問題を生んだ原因だからだ。

このレベル(仮面のレベル)におけるセラピーの第一歩は、症状を受け入れ、余裕を持って、それまで蔑んできた症状の不快感に親しむことである。

これは自分自身が落ち込んだり、不安になったり、拒絶されたり、飽き飽きしたり、傷ついたり、困惑したりすることを許すことを意味する

かつて、あらゆる方法で抵抗してきたそれらの感覚の浮上を積極的に受け入れ、不快であろうと、そのままの形で自覚するのである

■さまざまな影の症状の一般的意味(➡ 症状)
モチベーション➡ 圧力を感じる。  
相手にしたくない➡ 拒否されている(誰も私を好いてくれない)
あなたの要求は受け入れられない➡ 罪の意識(あなたに自分が悪いような気にさせられる)興奮 ➡ 不安
私は思いのほか他人に興味を持っている➡ 自意識過剰(みんな私を見ている)
敵意➡ 恐れ(みんなが私を傷つけようとしている)
怒り➡ 悲しみ。 傍に来るな!➡ 引っ込み思案。
やりたくない➡ できない。欲求(やりたい)➡ 義務感(やらねばならない) 
わたしは思っているよりましな人間➡ ねたみ(あなたは偉い)

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