2017年10月21日土曜日

5、「よそ者は、すべて敵に思える」➡ フロイト

ケン・ウィルバー「無境界」平河出版社より

投影のメカニズム
「魔女狩り」は自己の弱点についての頑固な盲目性を物語るものだ。

他者のなかにある我々が嫌うものは、実際は自らのなかにあってひそかに嫌っているものなのである。

魔女狩りは、悪魔的、極悪非道、あるいは少なくとも下劣に思える自分自身のなかの特徴や傾向を自覚できなくなった時に始まる。

これらの傾向はちょっとした歪み、愚劣さ、意地悪さのような、実際には取るに足らないものが多い。誰もが心の中に「暗い側面」を持っている。だが、

暗い側面」は「悪い側面」ではなく、充分に自覚していれば、人生に有益に働くことも多いのである。

魔女狩りを行う人は「自分には腹黒いところがない」と考えようとするため、、歪んだ正義感を持つようになる。

本人は自分には腹黒いところがないと信じたがり、また他人ににもそう思わせたがっているが、

実際には自分の腹黒さが極度に不快なのだ

頭の中でそれに抵抗し、否定し、捨て去ろうとするが、当然それは残り続ける。

腹黒さが注意を求めて騒げば騒ぐほど本人の抵抗感は強まり、最後には、

否定することが不可能になる。

誰もがちょっとした腹黒さを持っているのは知っているが、➯自分ではありえない

腹黒いのは他のだれかでなければならないと考えると、➯やるべきことは、この腹黒い誰かを探すことである

自分の影を受け入れることができない人は、影が自分のもとに居続けることに耐えられない

歯止めのない情熱で自らの影を嫌い、抵抗し、あらゆる手段を使って消し去ろうとするように、

自分の影を投げかけた相手を全力で蔑むのである

この魔女狩りは極めて残虐な方向に向かう。ナチによるユダヤ人の迫害、セイラムの魔女裁判、黒人を迫害するクー・クラックス・クランなど、

迫害者が被害者を忌み嫌うのは、まぎれもなく、原始的な怒りで迫害者自身が暴露する自らの特徴そのものである

それほど凶暴なものでない場合でも、ゴシップの対象よりゴシップを流す人のことが良く分かるように、絶え間ないゴシップの全ては、自らの影が他人のものであることを証明しようと必死になっているケースである。

迫害する相手が汚く、間抜けで、歪んでいて、不道徳かどうかは関係がない。

なぜなら、自分自身がそれらの特徴を持っているときにのみ投影が起こるからである。

自分自身が認めることを嫌悪している特徴を彼らが絶えず思い出させるから嫌うのだ。

ようく見たら、やっとわかった。
あなただ、あなただと思っていたものは、
ほんとうは私だった。(箴言)

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