2017年9月22日金曜日

3、古い絆からの自由

ニーチェは一種の比喩によって、彼が魂の三つの変容と呼んでいるものを説明しています。その変容の第一はラクダ(子供)の魂です。ラクダはひざを折って、「私に荷物を負わせてください」と言う。これは、服従の期間です。社会があなたに指示したり伝えたりするものを受け取る、そういう時期です。

しかし、十分に荷を負わされたとき、ラクダは立ち上がり砂漠へと駆けて行く。そこでライオンに変わる。⇒ 負わされた荷が重ければ重いほど強いライオンにね。さて、ライオンの役目は何かというと、それは「汝、是々すべし」という名の竜を殺すことです。この恐ろしい竜には、そのうろこ一枚一枚に「汝、是々すべし」が刻まれている。四千年の昔からのものもあれば、今朝の新聞の見出しからのものもありますがね。ラクダや子どもは、この「汝、是々すべし」に服従しなければならない。しかし、ライオンは、若者の魂は、それをはねのけ、自分自身の考えを持つのです。

さてそうして、 「汝、是々すべし」もろとも竜が死んでしまったら、ライオンは、自らの力で回転する車輪のように、自分の本性で歩む幼な子に変わります。もはや従うべき規則はない。歴史的必要から生じた規則も、地域社会のなかでの義務もない。そこにあるのは、開花した人生を生きようとする純粋な衝動です。
➡ 神話の力/ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ共著、飛田茂雄訳、早川書房)より



■第一次的絆からの自由
生物学的に言えば、子供は生まれると、母親とは別の一個の生物的存在になる。この分離は個人の始まりではあるが、心理的・機能的に子どもは、なおかなり長い間、母親と一体である。例えて言えば、個人が外界に結び付けられている臍の緒を、完全に断ち切っていない程度に応じて、彼には自由はないのである。

半面、この絆は彼に安定感と帰属感、地に足がついているという感覚を与えてくれる。この個人が完全に開放される以前に存在する絆を、フロムは「第一次的絆」と呼んだ。

子供を母親と結びつけている絆

未開社会の成員を、その氏族や自然に結び付けている絆

中世の人間を、教会や社会的階級に結び付けている絆は、この第一次的絆に他ならない。そして

⇒ 個性化が完全な状態に達し、個人がこれらの第一次的絆から自由になると、彼は一つの新しい課題に直面する。

⇒ すなわち彼は、前個人的存在の絆とは別の方法で、みずからに方向を与え、世界の中に足を下ろし、安定を見つけ出さなければならない。そうなると自由の意味も、この段階に進化する以前の自由の意味とは違ってくる

➡ 「自由からの逃走」エーリッヒ・フロム著・日高六郎訳、東京創元社より
                   

0 件のコメント:

コメントを投稿