2017年9月16日土曜日

9、セラピーの適材適所

自己洞察を追及する人は、心理学的、宗教的システムのあまりの多様さに直面し、何を信じればよいのか手探りの状態である。様々のセラピーに共通しているのは、どれもが何らかの形で意識に変化を起こそうとしている点である。だが共通しているのはそこまでである。

⇒ 禅仏教では自我を忘れ、超越し、看破するように言われる。ところが、

⇒ 精神分析では自我を強化、防衛、保護する方向が強調される。どちらが正しいのだろうか?これは素人にとってもセラピストにとっても切実な問題である。
➡ ケン・ウィルバー


サイコセラピーのレベル
ケン・ウィルバーによれば、各セラピーは何らかの意識の変化を起こそうという点では共通しているが、それぞれが志向するレベルが異なるために一見すると矛盾するように見えるのだという。

たとえば、精神分析と従来のサイコセラピーの大半は、意識と無意識の間の溝を癒し、「心全体」にふれることを目的とする。これらのセラピーの目的は、仮面と影を再統合し、強くて健全な自我、すなわち正確かつ受け入れ可能な自己イメージをつくりあげることである。

つまり、ペルソナ(仮面)として生きている人に、自分自身の自我を製図しなおす手助けをしているのである。

人間性セラピー
いわゆる人間性セラピーの大半はこれを超えており、自我と身体の間の溝を癒し、心と身体を再統合し、生命力全体を取り戻すことを目的としている。そのため精神分析と行動主義から派生した第三勢力である人間性の心理学(成長の心理学)は人間の潜在性開発ムーヴメントとも呼ばれる。

意識を思考や自我から解き放ち、全有機体へ拡大すると、生命全体の持つ膨大な可能性が使用可能なものになる。

「個」の超越
統一意識のレベルと有機体全体のレベルの間には、「トランスパーソナル(超個人的)なレベルが存在する。このレベルを対象としたセラピーのなかには、サイコシンセシス、ユング派分析、初歩的なヨーガ、超越瞑想のテクニックがある。ここでは「個」を超越することを目指し、目標としての統一意識が前提となっている

さらに深まると、禅仏教、ヒンドゥー教ヴェーダンタなどの学派があり、彼らは至高のアイデンティティ・統一意識のレベルを目指している

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