2017年9月15日金曜日

8、意識のスペクトル

平河出版社、ケン・ウィルバー著、吉福伸逸訳「無境界」自己成長のセラピー論より

■アイデンティティの諸レベル
アイデンティティ(自己統一性)の究極のレベルは自己超越のレベルで図の一番下、統一意識と呼ばれるもの。このレベルでは自己と非自己が「一つの調和した全体」であり、此処には自己と非自己を分ける境界がなく、意識が十分に拡大した状態。

ケンタウロスのレベルの始まりは、自我+身体と環境の間に境界が存在しすることで、意識の幅が狭まっている。

⇒ 自我のレベルでは当初、自我と身体の間に溝があり、さらに狭くなっている。

⇒ ペルソナのレベルは、自我がペルソナと影に分裂していて、更にさらに狭い。

■心の問題は「前線」で生まれる
「前線」は常に戦線となる可能性を秘めている。

境界線が領域を相対立する二つのグループに分けてしまうからである。
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そして心の問題はその人がどのレベルにいるかで異なる。たとえば、ケンタウロスのレベルにいる人は、環境を敵になる可能性を秘めたものと考える。

環境が異質で外的なものに見えた場合、生命と健康が脅かされるのではないかという不安が生ずるからである。

ところが自我のレベルにいる人は、自分の身体も同様に異質な領域に見えてくる。境界線が心と身体を分けるので、自分の身体が敵になってしまうのである。

さらに、仮面のレベルで問題は極めて顕著に現れる。自らの魂の諸局面の間に境界線を引いてしまったため、「ペルソナとしての自分」対「自分の影」という無意味な対立をつくりだしてしまったからである。

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