2017年8月29日火曜日

20、豊かさの貧困

誰かを後ろに見るのは、勝利
誰かを前に見るのは、卑下
突然転ぶのは、嘆くべきこと
他の人間が転ぶのは、笑うべきこと
いつも後ろから追い抜かれるのは、悲惨
いつも前を追い抜くのは、幸福
そしてコースから外れるのは、死
➽ トーマス・ホッブス

しかし私たちは、ホッブスの言う競争には勝者はないということ、そして権力が私たちの唯一の目標であるなら、やがて来るものは個人の死だけでなく、文明の死であることに気づき始めている。今日私たちの抱える問題は、たんに政治的なものではない。⇒ それは道徳的なものであり人生の意味に関わるものである。 

私たちは、経済成長の続く限り、それ以外のすべては私的領域に委ねてしまえると考えてきた。これまで私たちが暗黙のうちに依存してきた伝統的な道徳環境も乱れ始め、⇒ 共同生活には物質的蓄積への排他的無関心を超えたものも必要だと理解し始めている

人生は、先頭を切ることが唯一のゴールではない。真の幸福は、絶えず前のものを追い抜くことで得られるものではない。真理とは、近代西洋を除く世界の大部分が常に信じてきたこと、すなわち⇒ 「そのままの人生が充実をもたらしてくれる生の実践」である。

それ自体が報われる労働の方が、ただ外的な報酬があるだけの労働よりも人間にふさわしい。愛する者への永続的なコミットメントと同胞市民への友情は、休む間もない競争や不安げな自己防衛よりも好ましい。そして、おそらく存在そのものの神秘に触れて発する感謝と驚きの表現としての共同の信仰は、何よりも重要なことだろう。
もしそうであるなら、私たちは私たちが好んで忘れてきたものを思い出さなければならないだろう

私たちが今あるのは、私たちが形成した共同体があるからである。そして、共同体があるのはパウル・ティリッヒのいう「歴史における恩寵の構造」があるからである。このことを、私たちは思い出す必要がある。
  ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

孤独を克服できるのは「単独であること」に耐えられる人だけです。私たちは人間であるがゆえに「単独であること」への人間本来の欲求があります。私たちは自分の真の姿、すなわちただひとりであることを、苦しみや怖れではなく、喜びと勇気をもって感じたいのです。

多くの人が孤独を感じるのは、彼らが愛し、愛されようと努力するにもかかわらず、その愛が拒否されるからです。この孤独感は、多くの場合自ら創り出したものなのです。このような人々は、賜物としてのみ与えられるものを、当然の権利として主張しているのではないでしょうか。
➽ パウル・ティリッヒ(ウェブ石碑、名言集より)

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