2017年8月6日日曜日

6、相対的な価値判断の限界(1)


ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

ブライアンの飽くことを知らぬエネルギー、チャレンジ精神はアメリカ文化のもっとも活動的な部分に多く共通する特徴であり、彼の活躍する企業世界にマッチしている。しかしブライアンは、どのように生きるかを述べるとき、「価値観(バリューズ)」やら「優先事項(プライオリティーズ)」やらを持ちだして来るばかりで、

それらを共有されるべき目的意識や信念の枠組みのなかに位置付けて正当化することができない

自分に報酬をもたらしてくれるもの、これが良いものである。

自分の好みが変わったなら、何が良いかも変わる

最も深い倫理的徳でさえ、個人的好みによって正当化するのみである

実際、ここにある究極的な倫理規則といえば、

個人は、他人の「価値体系」に干渉しないという唯一の要請を守っていれば、自分に報酬をもたらしてくれるいかなるものを追求してもよい、ただこれだけである。

「この惑星に住む住民は、ほんの少しの、自分の空間を持つ権利があると思います。だけど、他人の空間を侵害するようなことはよくない。どうしてカリフォルニアがこんなに住みやすいのか、私がいつも言っているのはこの点です。

ここの住人は、自分の価値体系に踏み込まれでもしない限り、他人の価値体系のことなど気にしないで暮らしてゆけます。ここでの大雑把なルールは、

金と好きな人を手に入れたいならなんでも結構。ただし他人の財産を傷つけたり、安眠妨害をしたり、プライバシーを侵害したりしないこと。これで万事オーケーです

マリファナを吸おうが麻薬を打とうが、どうぞご勝手に。しかし路上でやらないように。私の子供には見せないように。どうぞご自分ひとりでおやりください。それなら文句なしです」。

たえず私的利害が衝突しあう可能性のある世界においては、ある価値体系がほかの価値体系よりも良いとは、だれも本気で言うことはできない。こうした世界への対処として、ブライアンは、

相互対立の解決を可能にするような道徳的理想などというものは、そもそもあり得ないので、意見の相違を解決するのはコミュニケーションを重んじることしかないと考えている。

 「コミュニケーションは男女関係にとって決定的なだけでなく、すべての人にとって、最も基本的なものです。オープンなコミュニケーションと考え抜く頭さえあれば、たいていの問題は解決できます」。

対立の解決は、ここでは道徳的裁定の問題ではなく、問題解決術という技術的問題となっている。

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